「弔い」の果てに・・
田上さん「市民力」で市課長からトップに 長崎市長選
伊藤市長の射殺事件で、全国的な注目を集めた長崎市長選。実質三日間の超短期決戦を制したのは、「自分たちのリーダーは自分たちで選ぼう」と訴えた田上富久さんだった。「長崎の市民力」を喚起する運動は猛烈な勢いで広がり、市役所の一課長にすぎなかった無名の新人を一躍、トップの座に押し上げた。
「長崎中に、新しい動きが生まれていることを実感した」。選挙戦最終日の二十一日夕、長崎市中心部の大型商業施設前でこう訴えた田上さんには、確かな手応えがあった。街頭では走り寄って握手を求める人が相次ぎ、選挙事務所には激励の声がひっきりなしに届いていた。
田上さんは一九八〇年十月、長崎市役所に入り、立候補前は統計課長。まち歩き博覧会「長崎さるく」の立案にもかかわった。その傍ら、異業種交流グループや特定非営利活動法人(NPO法人)など地域活性化グループとも積極的に交流。それらの活動で培った人脈が勝手連となり、選挙運動の原動力となった。
田上さんが出馬を決断したのは、伊藤市長の娘婿の横尾誠さんが立候補表明した十八日の夜。勤務を終えた田上さんは、仲間が集まる喫茶店を妻の和代さん(50)と訪れ、立候補の決意を伝えた。
「無謀だ」「やめたほうがいい」-。仲間からは自制を求める声が強かったが、「この危機に市民が自分たちの手でリーダーを選べないなら、それこそ危機。選択肢を増やすには、自分が立候補するしかない」との思いは揺るがなかった。
田上さんは入庁以来、やりたい仕事やアイデアを書き留め、その数は百を超えるという。「長崎市を良くしたい」と熱く語るその姿に、「それなら自分が市長になれば」と仲間から冗談半分で言われたこともあった。
人を引きつける魅力と、安定した公務員の職をなげうって戦いに挑んだ長崎への思いと勇気、そして世襲に対する根強い抵抗感-。さまざまな市民の思いは、田上さんを触媒に爆発した。(4/23 長崎新聞)
長崎市長選 無効票、異例の1万5千票余
選挙中に現職候補が射殺された長崎市長選では、無効票が異例の1万5435票に上った。大半が、亡くなった伊藤一長市長への投票や白票とみられる。田上さんと、伊藤市長の長女の夫で西日本新聞記者、横尾誠さん(40)が、わずか953票の大接戦を展開しただけに、無効票の多さに、関係者からは「選挙結果に影響を与えたのでは」との声も漏れ、波紋を広げている。
市選管によると、無効票は投票総数(20万802票)の7.69%。
旧長崎市の投票総数(17万8759票)だけをみても、伊藤市長の名前など「候補者ではない氏名」を記載した投票は7463票、白票は4558票あった。このほか「投票のやり直しを求めます」「伊藤一長さん、今までありがとうございました」など、氏名以外の内容を記載した票も1095票あった。(4月23日 毎日新聞)
今回の統一地方選の中で、間違いなく一番の注目を集めた長崎市長選挙。前にこのブログで書いたとおり、「弔い合戦」になってしまったようで、前から立候補していた候補たちを差し置き、田上氏と横尾氏の一騎打ちになった。
ここまでは予想通りだったのだが、ここで2つの「予想外の事態」が起きた。
ひとつは横尾氏ではなく、田上氏が僅差ながら当選したこと。いい悪いの問題でなく、僕は間違いなく「情」に訴えやすい「遺族」の横尾氏が圧勝するものだとばかり思っていた。正直なところ、田上氏が立候補したときには、「この人何考えてるんだろう?負ける戦いにわざわざ名乗り出るのか・・。」と思った。
しかし、それは「部外者」の考えで、長崎市民のそれとは違ったようだ。どうやら長崎市民は、「遺族」の出馬と言う、十分すぎるほど「ドラマチックな展開」も、「長崎に縁もゆかりもない人間が・・」と冷静に受け止め、市役所出身で、「長崎のことを知り尽くしている」田上氏に長崎市の未来を委ねたということだ。確かにこの選挙が「情に流された」展開になったことは否めないが、しかしながら「最後の一線」を越える前に踏みとどまった長崎市民の「賢明さ」に思わず敬服してしまった・・。
そしてもうひとつは「無効票」の問題である。
これが長崎市民の「本音」ではないかなあと思った。
市長が凶弾に斃れても、淡々と選挙自体は進んでいくと言う、「非常さ」に対する長崎市民の「静かな怒り」の表現ではなかったのではないだろうかと思う。
今回の「異常事態」は、図らずも選挙のあり方について、世間に波紋を投げかけた。僕も選挙をやり直したほうがいいと思った一人であった。
とにかく、田上市長には「平和都市」の市長として、やるべき仕事はたくさんあると思うが、市民とともに一致団結してがんばってもらいたい。
きっと故伊藤前市長も「千の風になって」田上市長と、長崎の街をやさしく、そして暖かく見守ってくれるだろう・・。
伊藤市長の射殺事件で、全国的な注目を集めた長崎市長選。実質三日間の超短期決戦を制したのは、「自分たちのリーダーは自分たちで選ぼう」と訴えた田上富久さんだった。「長崎の市民力」を喚起する運動は猛烈な勢いで広がり、市役所の一課長にすぎなかった無名の新人を一躍、トップの座に押し上げた。
「長崎中に、新しい動きが生まれていることを実感した」。選挙戦最終日の二十一日夕、長崎市中心部の大型商業施設前でこう訴えた田上さんには、確かな手応えがあった。街頭では走り寄って握手を求める人が相次ぎ、選挙事務所には激励の声がひっきりなしに届いていた。
田上さんは一九八〇年十月、長崎市役所に入り、立候補前は統計課長。まち歩き博覧会「長崎さるく」の立案にもかかわった。その傍ら、異業種交流グループや特定非営利活動法人(NPO法人)など地域活性化グループとも積極的に交流。それらの活動で培った人脈が勝手連となり、選挙運動の原動力となった。
田上さんが出馬を決断したのは、伊藤市長の娘婿の横尾誠さんが立候補表明した十八日の夜。勤務を終えた田上さんは、仲間が集まる喫茶店を妻の和代さん(50)と訪れ、立候補の決意を伝えた。
「無謀だ」「やめたほうがいい」-。仲間からは自制を求める声が強かったが、「この危機に市民が自分たちの手でリーダーを選べないなら、それこそ危機。選択肢を増やすには、自分が立候補するしかない」との思いは揺るがなかった。
田上さんは入庁以来、やりたい仕事やアイデアを書き留め、その数は百を超えるという。「長崎市を良くしたい」と熱く語るその姿に、「それなら自分が市長になれば」と仲間から冗談半分で言われたこともあった。
人を引きつける魅力と、安定した公務員の職をなげうって戦いに挑んだ長崎への思いと勇気、そして世襲に対する根強い抵抗感-。さまざまな市民の思いは、田上さんを触媒に爆発した。(4/23 長崎新聞)
長崎市長選 無効票、異例の1万5千票余
選挙中に現職候補が射殺された長崎市長選では、無効票が異例の1万5435票に上った。大半が、亡くなった伊藤一長市長への投票や白票とみられる。田上さんと、伊藤市長の長女の夫で西日本新聞記者、横尾誠さん(40)が、わずか953票の大接戦を展開しただけに、無効票の多さに、関係者からは「選挙結果に影響を与えたのでは」との声も漏れ、波紋を広げている。
市選管によると、無効票は投票総数(20万802票)の7.69%。
旧長崎市の投票総数(17万8759票)だけをみても、伊藤市長の名前など「候補者ではない氏名」を記載した投票は7463票、白票は4558票あった。このほか「投票のやり直しを求めます」「伊藤一長さん、今までありがとうございました」など、氏名以外の内容を記載した票も1095票あった。(4月23日 毎日新聞)
今回の統一地方選の中で、間違いなく一番の注目を集めた長崎市長選挙。前にこのブログで書いたとおり、「弔い合戦」になってしまったようで、前から立候補していた候補たちを差し置き、田上氏と横尾氏の一騎打ちになった。
ここまでは予想通りだったのだが、ここで2つの「予想外の事態」が起きた。
ひとつは横尾氏ではなく、田上氏が僅差ながら当選したこと。いい悪いの問題でなく、僕は間違いなく「情」に訴えやすい「遺族」の横尾氏が圧勝するものだとばかり思っていた。正直なところ、田上氏が立候補したときには、「この人何考えてるんだろう?負ける戦いにわざわざ名乗り出るのか・・。」と思った。
しかし、それは「部外者」の考えで、長崎市民のそれとは違ったようだ。どうやら長崎市民は、「遺族」の出馬と言う、十分すぎるほど「ドラマチックな展開」も、「長崎に縁もゆかりもない人間が・・」と冷静に受け止め、市役所出身で、「長崎のことを知り尽くしている」田上氏に長崎市の未来を委ねたということだ。確かにこの選挙が「情に流された」展開になったことは否めないが、しかしながら「最後の一線」を越える前に踏みとどまった長崎市民の「賢明さ」に思わず敬服してしまった・・。
そしてもうひとつは「無効票」の問題である。
これが長崎市民の「本音」ではないかなあと思った。
市長が凶弾に斃れても、淡々と選挙自体は進んでいくと言う、「非常さ」に対する長崎市民の「静かな怒り」の表現ではなかったのではないだろうかと思う。
今回の「異常事態」は、図らずも選挙のあり方について、世間に波紋を投げかけた。僕も選挙をやり直したほうがいいと思った一人であった。
とにかく、田上市長には「平和都市」の市長として、やるべき仕事はたくさんあると思うが、市民とともに一致団結してがんばってもらいたい。
きっと故伊藤前市長も「千の風になって」田上市長と、長崎の街をやさしく、そして暖かく見守ってくれるだろう・・。
| fulietigers | コラム | 21:43 | comments(2) | trackbacks(0) |
情に流されない。市制と地域性・市民性を知っている。
長崎に限らず、「他の出身者(よそ者・長崎弁)」は、受け入れがたい保守的判断。
「有権者」と「候補者」にも、主張と比較と熟考の時間不足の結果が、「伊藤一長記名・白紙」の無効票を生み出した。 公選法を見直すまでの「事件」になりました。
「一難去ってまた一難」
どうも、また「波」が起こりうる微妙な「長崎市不正経理・裏金問題」の存在。今後、どの様に展開するか?
当たり前だけど、ネットは凄い!
管理人様、この場をお借りして済みません。
「momojiro」様もじげもんやね!
初めまして、私もじげもんです、以後、宜しく御願します。
あのような事件が起きてしまい、とても選挙どころではありませんでした。できれば、今回の選挙は延期してほしいと思ってました。が、伊藤市長が亡くなられた今、冷静に「今後の長崎市」のことを考えて、田上氏に一票投じた1人です。
田上氏は市長の下で働いてきた方ですからね。伊藤市長の跡を任せられるのは彼だと思ったからです。伊藤市長の遺志もちゃんと継いでくれるものと思います。
実際、私の周りでは「市のトップはやはり長崎のことをよく知っている地元の人がいい」という意見が多く、同情票が集まり横尾氏が仮に当選していたとしたら、正直不安が残ります。
これから田上氏はいろいろと大変だと思いますが、長崎市をよりよい街に変えてくれることを期待します。